ノンリーグから這い上がった遅咲きの才能

エリート街道を歩むストライカーばかりがフットボール界の頂点に立つわけではない。少年時代にサウサンプトンのユースアカデミーを「体格が小さすぎる」という理由で解雇されたケヴィン・フィリップスは、アマチュアのボールドック・タウンで右サイドバックとして泥にまみれ、食料品店で働きながらボールを蹴っていた。ストライカーへの転向という偶然の巡り合わせがなければ、彼がイングランド屈指のフィニッシャーとして名を刻むことはなかったかもしれない。

1994年にワットフォードの監督グレン・ローダーに見出されてプロ契約を結んだとき、すでに21歳を迎えていた。遅れてやってきた点取り屋はヴィカレッジ・ロードで着実に頭角を現し、1997年夏、ピーター・リード率いるサンダーランドAFCへ引き抜かれる。当時の移籍金は32万5000ポンド。移籍したばかりのクラブは旧本拠地ローカー・パークに別れを告げ、開場したばかりのスタジアム・オブ・ライトで新たな船出を切った時期だった。北東部の労働者階級が熱狂するスタジアムで、小柄な背番号10の物語が幕を開ける。

「リトル&ラージ」の衝撃と記録破りの昇格劇

新天地での初年度から、フィリップスは驚異的な決定力を発揮した。1997-98シーズン、ディビジョン1(現チャンピオンシップ)で公式戦35ゴールを叩き出し、一躍サポーターの英雄となる。ウェンブリーで行われたチャールトン・アスレティックとの昇格プレーオフ決勝では、4-4の壮絶な打ち合いの末にPK戦で敗れる悲劇を味わったものの、翌1998-99シーズンにサンダーランドが見せた反撃は圧巻だった。勝ち点105という当時の歴代最多記録を打ち立て、首位でプレミアリーグへの切符を掴み取る。

その躍進の原動力となったのが、アイルランド代表の長身FWナイル・クインとのコンビネーションだった。190センチを超える巨漢のクインが空中戦を制して頭でボールを落とし、170センチ前後のフィリップスが鋭い嗅覚と圧倒的なスピードでペナルティエリア内へ潜り込んでネットを揺らす。フットボールの伝統的な「リトル&ラージ」の典型でありながら、互いの特性をこれほど完璧に補完し合ったデュオは稀だった。クインの落としを待ち構えるフィリップスの予測力と、枠を捉えるボレーシュートの精度は、下部リーグの守備陣にとって悪夢そのものだった。

1999-2000シーズン:プレミアリーグ30発と欧州制覇

昇格組のサンダーランドがトップフライトで生き残れるかという世間の疑念を、フィリップスは開幕から痛快に打ち破っていった。敵地セント・ジェームズ・パークでのニューカッスル・ユナイテッド戦、激しい雨の中で決めた鮮やかな決勝ループシュートは、タイン・ウェア・ダービーの歴史に刻まれる名場面となった。名手たちを翻弄し、ゴールを量産し続けたフィリップスは、1999-2000シーズンのリーグ戦36試合で30得点を記録する。

プレミアリーグ得点王に輝いただけでなく、そのシーズンの欧州最多得点者に贈られる「ヨーロッパ・ゴールデンシュー」をも獲得した。イングランドのトップリーグでプレーするイングランド人ストライカーとしてこの名誉を手にしたのは、後にも先にもケヴィン・フィリップスただ一人である。サンダーランドは昇格1年目にして7位という大躍進を遂げ、スタジアム・オブ・ライトは熱狂の坩堝と化した。強烈なシュートだけでなく、相手DFの死角から前へ出るタイミングの鋭さ、左右どちらの足からでも放てる弾道は、当時のプレミアリーグにおける最高峰のクオリティを誇っていた。

歓喜の後の暗雲と、誇り高き別れ

翌2000-01シーズンも14ゴールを挙げ、チームを再び7位へと導いた。しかし、クインの勤続疲労や相次ぐ負傷とともに、サンダーランドの攻撃力は徐々に陰りを見せ始める。戦術的に研究され、徹底的な密着マークに遭うなかでもフィリップスは孤軍奮闘を続けたが、クラブの財政問題や補強の失敗が重なり、チームは急速に勢いを失っていった。

2002-03シーズン、ピーター・リードの解任を経て迷走したサンダーランドは、クラブ史上最悪の成績でチャンピオンシップへの降格を余儀なくされる。チーム全体がわずか21得点しか奪えない深刻な得点力不足に喘ぎ、フィリップス自身もリーグ戦6ゴールにとどまった。高年俸選手たちの売却が避けられない財政難のなか、2003年夏、フィリップスはかつて少年時代に拒絶されたサウサンプトンへと移籍することを決断する。サンダーランドでの通算成績は公式戦235試合130ゴール。ウェアサイドに歓喜をもたらした稀代の点取り屋は、サポーターからの惜しみない拍手とともにクラブを去った。

40歳まで衰えなかった職人肌のゴール感覚

サウサンプトン退団後もアストン・ヴィラ、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン、バーミンガム・シティ、ブラックプールなどを渡り歩き、フィリップスはどのクラブでも貴重なゴールを奪い続けた。運動量が落ちてもポジショニングの妙とフィニッシュの正確性は錆びつくことがなく、2013年にはクリスタル・パレスの一員として、40歳を目前にしながら昇格プレーオフ決勝で決勝PKを沈めている。最終的にレスター・シティで40歳を迎えて現役を退くまで、イングランドフットボール界を代表する職人型ストライカーとして敬意を集め続けた。

それでも、ケヴィン・フィリップスのキャリアの絶頂期といえば、常に赤と白のストライプを纏ったサンダーランド時代に帰結する。スタジアム・オブ・ライトのスタンドには今も、クインとフィリップスが躍動したあの世紀の変わり目の記憶が色濃く残っている。ノンリーグの泥濘から欧州の頂点まで駆け上がったフィリップスの足跡は、サンダーランドというクラブの近代史における最もまばゆい誇りとして語り継がれている。